「毎日ちゃんと勉強しているのに、模試の成績が伸びない」 「ノートもきれいにまとめているし、教科書も何度も読み返している。それなのに、テストになると思い出せない」
そんな経験はないでしょうか。実はこれ、努力が足りないわけでも、頭が悪いわけでもありません。脳科学的にいえば、”やった気になりやすい勉強法”にハマっているだけかもしれないのです。
今回、スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長の星友啓先生と、駿台予備学校・英語科の久保田智大先生のお二人に、「結果が出ない勉強法」の正体について話を伺いました。真面目な人ほど陥りやすい落とし穴が、はっきりと見えてきます。
日本の高校生は「不安は高いのに、やる気は低い」
話の入り口として、まず興味深いデータがあります。OECD加盟国の中で日本だけが示す、ある特異な傾向です。
「テスト不安が上がると、普通やる気は上がるんですね。『テスト来る、やばいな』って言って、『じゃあやらなきゃ』って思う。先進国だとそういう形なんですけど、日本だけ『テスト不安が高くて、勉強する気が低い』。これは日本独特の事情なんです」(星先生)
久保田先生も、現場の感覚として同じことを指摘します。一定のテスト不安はやる気につながるものの、日本の場合はそれが過剰に高くなりすぎている。テストを恐れる気持ちが強すぎるあまり、かえってやる気が削がれてしまうのだそうです。
これは個人の問題というより、社会的・文化的な構造に根ざしたものです。だからといって手の打ちようがないわけではなく、生徒一人ひとりが「勉強の仕方」を見直すだけでも、状況は大きく変えられます。今回のテーマは、まさにそこにあります。
真面目な人ほどハマる、3つの「結果が出ない勉強法」
久保田先生は日々の指導現場で、頑張っているのに結果が出ない生徒に共通するパターンがあると言います。
- 板書をノートに写して、家で見返す
- 教科書を読み直す
- 重要なところにマーカーを引く
どれも「勉強といえばこれ」というような、ごく一般的な方法です。学校でも「ちゃんとノートを取りなさい」「教科書をしっかり読みなさい」と言われてきたはずです。なぜこれが結果につながらないのでしょうか。
「こういう勉強法は一般的に良いとされてるかもしれませんけど、やっぱり”インプットだけ”になってしまっている。アウトプットができてなくて、インプットだけ。でもテストで問われるのは、むしろアウトプットの方なわけです」(久保田先生)
つまり構造的に、鍛えている力とテストで試される力がズレているのです。これが一つ目の問題です。
そしてもう一つ。これらの勉強法はどれも「受動的」になりやすいという問題があります。受け取るだけ、眺めるだけ、写すだけ。能動的に頭を使っていないので、何度繰り返しても定着しません。「板書ノートを何度も見返しているのに、テストになると全然思い出せない」という現象は、ここから生まれています。
やった気の正体——「ダニング=クルーガー効果」
ここで星先生から、脳科学・心理学の観点で重要な話が出てきました。
「最近の研究で、こうした勉強法には共通の落とし穴があることが分かってきています。読み直しやマーカー引き、ノートまとめは、”やった気”にすごくなっちゃうんですよね。量が見えるから」(星先生)

教科書を100ページ読み終わると、「これだけ読んだ」という達成感があります。ノートを10ページ写すと、「今日はいっぱい勉強した」という感覚が残ります。マーカーで色づけされた教科書を眺めれば、それだけで頭に入った気がしてしまいます。
これを心理学の用語で「ダニング=クルーガー効果」と呼びます。学習後に「自分はできるようになった」と過大評価している人ほど、実際の成績は伸びていない——という、ちょっと残酷な研究結果があるのです。
しかも厄介なのは、これらの勉強法が「辛くない」ということです。
「辛くなくて全然効果がない勉強法だったら、誰もやらないじゃないですか。これは非常に辛くない。写していって、最後に”やった感”が残る。気持ちいいからやってしまうんですよね。だから危険な勉強法なんです」(星先生)
カラフルに色づけされたノート、付箋がびっしり貼られた参考書。出来上がった”作品”を眺めれば、自分が頑張った証拠がそこにあります。けれど、頭の中にはほとんど何も残っていない——。これが、結果の出ない勉強法の正体なのです。
「分かる」と「できる」のあいだにある、深い溝
ここで久保田先生は、もう一段深い話を持ち出してくれました。授業を受けている時の生徒の姿を例にとった話です。
「予習でできなかった問題が、授業で鮮やかに解説される。それを聞いて『あ、分かった』って満足しちゃう生徒、すごく多いんですよね。真面目な子、知的好奇心が高い子ほど、そこで一回止まってしまう」(久保田先生)
「分かった」という感覚は、それ自体がとても気持ちのいい体験です。難しかった問題が腑に落ちた瞬間、脳には小さな快感が走ります。だからこそ、人はそこで満足してしまうのです。
しかし、「分かる」と「テストでできる」のあいだには、想像以上に深い溝があります。
久保田先生はこれを、スポーツに例えてくれました。野球のフォームを教わって、コーチに手を支えてもらいながら一球投げてみる。「あ、なんとなく分かった」と思う。けれど、二球目を一人で投げてみたら、もう投げられない——そんな経験をしたことがある人は多いはずです。
星先生は、これを身近なカラオケで言い換えてくれました。
「私、結構カラオケ好きなんですけど。最近の人気曲って色んなところで流れているから、聞いているうちに口ずさめるようになる。”歌える気”になってるわけです。でも実際にカラオケで入れてみると、歌えない。一緒に流れてくる音に合わせて口ずさんでるだけだから。ある種、教科書を読み直しているような状況なんですよね」(星先生)
教科書を眺めている時、ノートを見返している時、私たちは「テキストの助けを借りて思い出している」だけです。本当に必要なのは、何の助けも借りずに、自分の頭の中だけから情報を引き出してくること。そこに大きなギャップがあるのです。
ではどうすればいいのか——「思い出す」という処方箋
ここまでで「効かない勉強法」の構造が見えてきました。インプット偏重、受動的、やった気になりやすい。そして「分かる」と「できる」のあいだにある溝。
ではどうすればいいのでしょうか。久保田先生が普段、生徒に勧めている方法はシンプルです。
「家に帰って復習する時、僕が一番最初に開くページは、”真っさらな、何も書いてない問題集のページ”なんですよ。ノートじゃなくて。それを見て『この時、先生こう言ってたな』『1番が丸で、2番はこういう理由でバツ』って、授業の内容を思い出すようにする。これが一番定着するんです」(久保田先生)
ポイントは、「思い出せない」と気づいた時に、初めてノートを見返すことです。最初からノートを開いてしまうと、それは”再読”であって”思い出し”ではありません。一度自分の頭で取り出そうとしてから情報を探しに行くと、インプットの質まで変わってくるのです。
星先生は、ここに2つの重要な脳の仕組みが隠れていると指摘します。
ひとつは「リトリーバル(Retrieval)」。自分の脳の中にある情報を、自分の力で取り出すという行為そのものです。これをやるかやらないかで、記憶の定着には大きな差が出ます。
もうひとつは「ハイパー修正効果」と呼ばれるものです。
「『これ分からないな』と自覚してから正しい情報を拾いに行くのと、ただ正しい情報が垂れ流されているのを眺めるのとでは、前者のほうが圧倒的に記憶の定着がいいんです。脳の仕組みがそうできている。人間の脳は『間違えた』『知らない』と気づいた時に、それを記憶する準備ができるんですよ」(星先生)
これは進化的にも理にかなっています。「ここに食べ物があると思って行ったら、トラがいた」という経験を学習できなければ、人類は生き残れませんでした。「分からない」「間違えた」と気づくことは、脳にとって”記憶せよ”という最強のスイッチなのです。
まとめ:努力の量より、努力の方向
ここまでの話を、いったん整理しておきましょう。
「結果の出ない勉強法」の特徴は、次の3つに集約されます。
第一に、インプットに偏っていてアウトプットが鍛えられていないこと。テストで問われるのはアウトプットなのに、その練習をしていなければ点数が取れないのは当然のことです。
第二に、受動的で脳に負荷がかかっていないこと。ただ眺める、ただ写すだけでは、脳は本気で覚えようとしてくれません。
第三に、「やった気」になりやすいこと。量が見える、達成感がある、しかも辛くない。だから続けてしまう。けれど、その快適さこそが落とし穴なのです。
そして、その対極にあるキーワードが**「思い出す」**ということ。テキストを閉じ、ノートを閉じ、自分の頭だけで取り出そうとする。たったこれだけのことで、学習の効果は劇的に変わってきます。
ただ、ここまで聞いて「じゃあ具体的にどうやって”思い出す”を勉強に組み込めばいいの?」という疑問が浮かんだ方も多いはずです。次の記事では、お二人に**「最強の勉強法」**について、もう一段踏み込んで話を伺っていきます。
努力は、量より方向です。同じ時間を使うなら、報われる方向に使いたいもの。その具体的な処方箋を、次回お届けします。